ガスライティング イズ クライム

これは完全な猟奇事件だ。

ここまでやるかと思う凶悪事件かも知れない。

それも政府だよ、市民を参加させ恐怖感を植え付ける。

もし参加しなければ次はお前だ、戦争と酷似している。

最近の出来事である、隣人の婆が腰の骨を再び折ったようだ。

しかし、ここで似通った二人の婆を使い平然と歩行器を使い

マスクをかけて私の見える場所を歩かす( ´艸`)。

服装のコピーだけではなく環境も使う。本当に哀れな奴らだ。

ガスライティング

世界は根拠のない矛盾を背負わされている。

平和を願う心が外的要素により著しく傷つけられている、

これは普遍的な結果としての日常だ。

 

宗教改革は必須だ人間と宗教は完全に分ける以外、世界の

平和はない。宗教は感謝と言う心の慟哭から発し、実質を

支配するものではない。

 

戦争、理由なき犯罪、台風は避けられない、双方、必然的な

破壊である。

 

武器を売り、その武器が、又返ってくる。それが戦争と言う

概念だ。そして世界はつかぬまの休息しかえられない。

多くの偉人、哲学者がいる、だが平和は永遠に遠ざかる。

 

狂ってしまったか、これも偏に財を独り占めにすることだ。

でも世界の行きつくところかも知れない。

 

人生は芸術だ、人生はバラ色か、人生は甘美な夢か、

考え過ぎるな、人生は暇潰しである。であるなら夢を

見すぎる事は弊害となる。

 

原爆とは国の存亡窮地になっても使用するものではない。

まして戦争の最後通告であっても世界は消えてしまう。

遠藤和子

潮の香りが校舎の廊下迄入り込んでくる、春の昼下がり。

上総湊市、上総湊の海に近いこの擁護学園の時間は、外の世界より少しだけゆっくり流れている気がいます。

小学五年生の「僕」にとって、放課後のバスを待つ時間は、一日の中で一番緊張する時間でした。席に座っているのは、同じクラスの遠藤和子さん。

彼女はいつも、潮干狩りのバケツみたいな真っ赤なリュックを背負って、膝の上で指をさわしなく動かしています。「ねえ、今日の給食のゼリー、おいしかったね」

和子さんが、不意に僕の顔を覗き込みました。彼女の瞳は、キラキラ光る上総湊の海をそのまま閉じ込めたみたいに澄んでいます。「うん。オレンジのやつ。僕、和子さんにあげればよかった」照れくさくて、僕はわざと校庭の端っこに咲いている菜の花を見つめました。和子さんは「あはは、いいよ。自分の分。ちゃんと食べたもん」と笑います。その声が、春の風に乗って僕の耳をくすぐりました。

僕たちの通う学校では、言葉をうまく言えなかったり、計算が苦手だったりする友達がたくさんいます。僕も、自分の気持ちを言葉にするのが少しだけ苦手です。

でも、 和子さんといる時だけは、胸の奥がギューっとして、熱いココアを飲んだ時みたいに体がポカポカするのでした。

「あのね、和子ちゃん」「なあに?」「明日も、晴れると良いな」

本当は「和子ちゃんの髪、お日様の匂いがするね」とか「ずっと一緒にいたいな」と言いたかったけれど、僕の口から出たのは。ありふれた天気の予報でした。

遠くから、僕たちを迎えにくるスクールバスのエンジン音が聞こえた来ました。バスの窓が夕陽を反射して、オレンジ色に輝いています。和子ちゃんは立ち上がり、僕の袖をチョンと引っ張りました。「明日も、明後日も、ずっと晴れるよ。だって、春だもん」彼女が僕の手を一瞬だけ、ぎゅっと握てくれました。柔らかくて、少しだけ汗ばんだ、温かい手。

上総湊の波音に消されたしまうような、小さな小さな初恋。バスに乗り込む遠藤和子ちゃんの背中を見送りながら、僕は明日が来るのが待ち遠しくて、何度も心の中で彼女の名前を繰り返しました。